私の『人生日記』

WEB Creator

「結婚したら、夫に稼いでもらって楽に生活ができる!」

「叶うならば、専業主婦になりたい!」

結婚願望が強かった私は、理想的な結婚生活を思い描き、結婚後は専業主婦になるのがずっと夢だった。

まさか自分が起業家になり、この先ずっと仕事をしていくことになるなんて、予想だにしなかった現実が待っているとは知らず…。

「結婚」は突然やって来た。
当時お付き合いしていた彼氏とお別れした直後に妊娠が発覚したことを”運命”だと信じ、結婚を決めた。
田舎住み&ザ・昭和のガッチガチ価値観の両親には到底理解してもらえず反対されたが、子どもが好きな私は結婚&出産という、これまで味わったことのない幸せを感じていたので迷いはなかった。

急に結婚が決まったので2人とも全く貯金がなく、私は産前休暇の直前まで働かざるを得なかった。
私はアパレル販売員の正社員で、当時は結婚後に働く女性が極端に少なく、独身女性ばかりの世界。
1日中立ちっぱなしの仕事、土日祝は基本的に出勤、夜遅くまでの勤務が当たり前だったので、結婚したり、ましてや子どもができたりするととにかく働きにくい環境だったのだ。

育児に専念したかったこともあり、仕事をやめたかったけれど、夫のお給料だけではどうやらそんな余裕がなさそうだなということで、結局育児休暇も取得した。

専業主婦への道のりは遠のいていた。

産前休暇に入り、里帰り出産をするために実家へ帰省し、出産予定日を少し過ぎた頃、無事に待望の長女を出産した。
結婚に反対していた両親も初孫にメロメロの日々。
あぁ、子どもの成長を一瞬でも見過ごしたくないなぁ、仕事に復帰したくないなぁ。
母親になった喜びを噛みしめていた。

そんなある日、赤ちゃんに会うため私の実家へ来ていた夫が突然こう切り出した。

「オレ、独立しようと思う」

夫は先輩と二人でやっていたアパレルショップから独立して一人でやっていきたいとのこと。

「やった~!夫は社長になるんだからお金に困ることがなくなる。
これで私は仕事をやめて、専業主婦になれる!」

ついに!ずっと憧れていた専業主婦になれるチャンスがやって来た、子育てにも専念できる、と確信した私は二つ返事で夫の提案を快諾した。

さぁ、ここからが大変!

「社長=お金持ち」という概念が覆ることになるからだ。

夫からもらえるお金は「月に15万円」。
社長のお給料というよりは、アルバイトのお給料に近い。

私の初任給は20万円前後だったが、1人で暮らしていくにも節約しないといけないほどキツかった。
35年の住宅ローンもある中、月に15万円で家族3人暮らしていくには到底無理だ。
私がパートをしたとして月に10万円ほど、合計25万円でも厳しいかも…。
育児休暇が明けたら正社員として復帰する以外の道は絶望的だった。

だけど、これは一時的なもの。
夫の事業が軌道に乗るまで3、5年くらいの辛抱でしょ、私も頑張って夫を支えようと決意した。
十分なお金はなかったけど、子どもと3人仲良く、幸せな生活だった。

1年の育児休暇が明け、私は予定通り、正社員としてアパレル販売員の仕事に復帰した。
元の職場から異動になり、通勤時間は毎日往復2時間、慣れない環境で、新しい人間関係、毎日クタクタだった。
そんな中、復職後わずか3ヶ月で2人目の妊娠が発覚。家族計画の完全なミスだ。
1人目妊娠時と同様、また産前休暇の直前まで働くことになった。

専業主婦への道のりは、遠ざかるばかり…。

ましてや、前回とは違い、1歳を少し過ぎたばかりの幼い娘がいる。

「熱が出ているのですぐにお迎えに来てほしい」と保育園からの電話。
子どもがいて仕事をしているということに理解のない職場で嫌味を言われる毎日。

日曜日と祝日がお休みの保育園に合わせて、私の休みも必然的に同じになる。
他の社員は月に2、3回お休みの希望日を言うのが通常なのに、私は日祝を休み希望にすると最低でも5回の希望日を言うはめになり、私のせいでシフトが回らない、そんな風に言われることもあった。

夫は、土日祝は出勤&平日週1回の休み、夜は毎日21時半~22時くらいに帰宅するので、家事も育児もワンオペ状態。
そんな日々の中、”妊娠”が加わった。

1人目も2人目もつわりがひどく、産む直前までつねに体調はよくなかった。
職場では、つわりで休むならもっと前に教えて!と言われる始末。
そんなことできる方法があるなら、私が一番知りたいと思っていた。

完全にキャパオーバー&ストレスフル。

慌ただしい毎日は起床後すぐにスタートする。

娘に朝食を食べさせ、お着換え、保育園へいく用意と同時に自分も仕事へいく支度を済ませ、保育園へ娘を預けに行く。
その足で通勤ラッシュの満員電車に乗り、立ちっぱなしの仕事、お昼の従業員休憩室では煙草の煙がモクモク(当時は分煙制度がない)、毎日何度もえずき、吐き気をもよおしながら夕方まで仕事をこなす。

ようやく座れるのは帰りの電車の中だった。

電車から降りると保育園まで娘のお迎えへ直行し、帰宅後すぐに晩ご飯の用意、娘に食べさせながら自分も夕食を済ませ、お風呂へ入れ、保育園で使った布おむつを手洗い、保育園の連絡帳に細かく記入し、洗濯、食器洗い、ゴミ出しの準備、娘と私の明日の用意、一息つく間もなく娘の寝かし付けタイム。

実家も遠いので親にも一切頼れない。

毎日毎日、この繰り返し。
夫にひとつも頼ることなく、これだけのことを自分だけでよくやっていたなと、今となっては感心するばかりだ。

心の底では夫に頼りたかったけど、私と子どもが起きてる時間に夫は仕事で家にいないので、夫はこの現実を知ることがなかったんだよな。
口で説明しても、そうなんや。ってな感じで。
私がバタバタしていても見て見ぬふりをしていた。

「もういっそのこと倒れてしまいたい」
「私が倒れたら夫はもっと気遣ってくれるようになるかな?」
「私が倒れたら夫は少しは手伝ってくれるようになるかな?」

子ども1人だけでもこんな生活なのに、2人目が生まれたら今の仕事を続けるのは絶対無理だな…

在宅でできる仕事がないか?ネットで検索する日々が始まった。

良さそうな情報を見つけては購入。
早速実践するものの全く稼げないものばかり。

クズ情報ばかりだった。

そんなことを繰り返していたある日、あるキャッチコピーに目が留まった。

『パソコン1台で人生を「自由自在」にする方法』

私にはこの一文がキラキラ輝いて見えた。

「クズ情報で使った代金をなんとか取り戻したい、もうこれしか残っていない。」

毎月コツコツ貯めていた子どもの貯金を使って、起業塾への入会を決意した。

これでダメだったら在宅の仕事なんか諦めよう。そう決めていた。

当時WEBビジネスで流行っていたのが”アフィリエイト”。
今で言うinstagramのPR案件。

右も左も分からなかった私は、先生から教わった通りに寝る間を惜しんで毎日ひたすらパソコンで作業し続けた。

すると…

わずか3ヶ月後には、月収40万円を達成、そしてその5ヶ月後には月収100万円を達成した。

「私にだってやればできるんだ」

人生が一変した瞬間だった。
何も取り柄がないと思っていた自分に少しだけ自信が持てるようになった。

それからというもの、数々のオンライン起業にチャレンジし、先生が驚くくらい必ず一定以上の成果を出すことができ、生活も一変した。
そして、会社勤めをやめた。

在宅で仕事をするようになってよかったことは、金銭面だけではない。

学校から帰宅した子どもに”おかえり”と言える働き方ってなんて素敵なのだろう、と。
いつも子どもの側にいて、子どもの様子が分かるから、ちょっとした子どもの変化にもすぐ対応することができた。

おはよう、おやすみ。
いってきます、いってらっしゃい。
ただいま、おかえり。
いただきます、ごちそうさま。

成人した子ども達は、今でも毎日の挨拶を欠かさない。
それは、その言葉を言う場面場面にいつも必ず一緒にいたからだ、と思う。
私たちにとっては特別なことではなく日常の習慣なのだ。

毎日”おかえり”が言える喜び。

くじけそうな日もいっぱいあったけど、頑張って在宅で仕事をしてきた自分を誉めたいと思う。

アフィリエイトをきっかけに起業してから早18年。

アフィリエイト、SEOライティング、Googleアドセンス、WordPressなどのWEBビジネスで生計を立てる一方、オンライン物販にもチャレンジ、現在はアパレルバイヤーとしても活動している。
アパレル販売員としてやってきた知識も経験も大いに役立っている。

そして、以前から興味があり、念願だったWEBデザイナーの仕事もスタート。

フォロワー数2600人越え&公開テンプレート総DL数49万回以上を突破、Canva公式クリエイターとしての仕事は楽しくて仕方がない。

「今の姿は過去に選択してきた結果、未来の姿は”今”選択する結果。」

振り返ればこの18年、パソコン1台だけで仕事をしてきた。
その間、迷いながらたくさんの選択をした。

その選択が正解なのか?
間違っているのか?

誰も教えてくれなかったし、むしろ、誰にも分からない。

だから私は.自分の選択が「最高の選択だった」と思えるようになるまで、ずっと歩き続けてきた。

ただ、それだけだ。
諦めなかっただけなのだ。

もちろん、上手くいかなかったことも、失敗したこともたくさんあったけど、歩き続けることだけはやめなかった。
人はいつからでも何度でもやり直せるのだ。

そして、何歳からでも、どこにいても、誰といても、諦めなければいつだって自分史上、最高の自分になれる!

「ママだって、ママだからこそ、もっと自由に選択肢を広げて自分の人生を生きてほしい」

をモットーに、パソコン1台でできる仕事を軸とした”おうちワーカー”を増やすべく、講師としての活動を決意しました。

好きな時間に、好きな場所で、好きなことで、仕事ができる。
今では、好きな時にフラっと旅行へ行ったり、遊びに行ったり、ショッピングしたりして、時間とお金に余裕を持った生活ができて本当に幸せだ。

私の人生は、他の誰のものでもない。
私は、今もこれからも自分軸で生きる。

『パソコン1台で人生を「自由自在」にする方法』

私の人生は、あの時キラキラ輝いて見えたキャッチコピーそのものになった。

スキルもない、得意なこともない、ただの会社員で主婦だった私が、まさにパソコン1台によって人生を自由自在に操ることができるようになった。

夢だった専業主婦が叶わなくてよかったな。
今は心からそう思っている。


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